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新型コロナウイルス感染拡大防止のため、緊急事態宣言が発出され、日常が日常でなくなり、当たり前が当たり前でなくなってしまいました。そのような最中、お寺からお知らせをさせていただくのに、苦慮いたしました。いままでは、郵送、...
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この度、「おてらおやつクラブ」に参画いたしました。日本全国では約1600ものお寺さんが参画しています。 今後、お供えをおてらおやつクラブを通してマッチングした団体へ、「おすそわけ」いたします。 おてらおやつクラブは、お...
黄檗宗彫像群が群馬県指定重要文化財に指定されることを受け、広報ちよだ「CHIYODA」令和4年3月号に掲載されました。 広報ちよだ 広報ちよだ「CHIOYDA」令和4年3月号より
宝林寺は1306年の草創で、開山大拙祖能禅師は、日本大拙派を築くに至りました。1667年潮音禅師は中峰明本禅師の禅風を慕って進山し、中興となり館林宰相綱吉公の帰依を受け、直伝覚心居士・大機宗信居士を中興開基として黄檗宗の宗風を振って道俗教化に務め、北関東最初の道場としました。1690年には、堂宇が悉く竣工を遂げました。しかし、1866年に至るまでに再三の火難に遭い、焼失していまいました。ですが、京都七条佛所二六代佛師康祐法眼・富小路友学流初祖康倫の造佛や什物等は消失せずに今日に伝えられています。
宝林寺梵鐘は、国の重要美術品とされた名鐘で、館林城主徳川綱吉が、当時、宝林寺に来住の潮音道海禅師を住持に迎えて創建した館林の廣済寺に、寛文十年家老の黒田信濃守が寄進したもので、潮音の師木庵性瑫によって銘が刻まれています。
宝林寺の仏像は古いもので室町時代(推定)の白衣観音像に始まり、その他多くは江戸時代に制作されたものです。江戸時代に制作された釈迦如来坐像、阿難・迦葉尊者像、布袋像、韋駄天像、華光菩薩像、緊那羅像等は京七条仏師康祐作とされ、黄檗宗が日本に定着していく初期段階の様相を示す貴重な例として令和4年に群馬県重要文化財に指定されました。