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[潮音禅師物語]vol.17 萬徳山廣済寺の造営

廣済寺の造営は、綱吉公のお声がかりともあって、夜を日に次いで進められましたので、たちまち方丈、禅堂、斎堂が完成し、その年の10月10日、潮音道海禅師は進山しました。

城代家老の金田遠江守(梅山居士)は、観音菩薩の像を造って廣済寺の禅堂に安置されました。その禅堂で初めて行われた冬の結制には、50人もの道俗が参加して厳しい修行がなされたのでした。

翌、寛文10年、黒田信濃守(泰嶽居士)は、廣済寺に鐘楼を建立し、鐘銘を木庵禅師にお願いした大梵鐘を鋳造させて寄進されました。また、大仏殿の工事が進むと、京都の仏師康祐法眼を呼んで、家老の室賀下総守が本尊釈迦牟尼仏の像を、佐野吉之丞が阿難尊者像、渡辺平左衛門が迦葉尊者像などの仏像の制作させ、主君綱吉公の武運長久と家運の隆盛を祈願して喜捨奉納されました。

  • 出典:潮音道海禅師の生涯
  • 発行者:潮音道海禅師三百年遠忌大法会実行委員会

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