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[潮音禅師物語]vol.28 萬徳山廣済寺を辞去

天和3年(1683)正月、木庵禅師が病に伏せられたという知らせがきました。潮音禅師は急いで黄檗山に上ってお見舞いされますと、すでに快方に向かっていた木庵禅師は、潮音禅師に心をこめて感謝されるのでした。木庵禅師は紫雲院の庭に寧謐亭を建てられ、喜んでいましたので、「寧謐亭六景」と題する詩を残してお別れをしてきました。

江戸の大慈庵まで帰りますと、将軍職に就いた綱吉公の跡を嗣いだ館林城主徳松君が重病にかかっている知らせが届きました。そこで、急いで館林に帰りましたが、徳松君は5月28日に亡くなられました。幼い城主は行年5歳でした。

将軍綱吉公は1人息子の死で「城主のいない城は取り壊せ」と、館林城の取り壊しを命じました。そして、城の重役は江戸に移り、下級武士は浪人することになりました。

潮音禅師は大成経の1件以来、何事も格式にこだわる官寺を疎んでいましたが、この処置を知ると、この機会に広済寺を引退して山寺に隠栖したと願い出て、許されるのでした。

  • 出典:潮音道海禅師の生涯
  • 発行者:潮音道海禅師三百年遠忌大法会実行委員会

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