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【お坊さんの寺めぐり】分紫山福済寺

由緒

  • 寛永5年(1628)、覺悔が開創。泉洲寺や漳州寺と称され、興福寺・崇福寺とともに三福寺と称される唐寺の1つです。同寺には、黄檗様式の建造物として国宝に指定されていた大雄寶殿や同時期に建立された大観門等がありましたが、いずれも原爆で焼失してしまいました。長崎の唐寺の中でも一番大きな寺院で長崎歴史文化博物館に江戸時代の同寺の模型が所蔵されています。
  • 山内掲示より
模型
焼失前の大雄寶殿
焼失前の全景

勝海舟と福済寺

  • 元治元年(1864)、坂本龍馬が勝麟太郎(海舟)と同行して来崎した際、この福済寺に宿泊しました。当時、幕府の軍艦奉行並だった勝は、外国艦隊の下関攻撃を阻止するため長崎に出張し、2月23日から4月4日まで約1ヶ月あまり長崎に滞在。長崎で龍馬は勝と相撲をとり、大男の龍馬と小柄な勝が組み合った様子は、「まるで鶴にタカがちょっととまったようだった」と言われたそうです。
  • 山門掲示より

分紫山福済寺

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