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【お坊さんの寺めぐり】身延山久遠寺

  • 宗派:日蓮宗 総本山
  • 創建:1281年(弘安4年)
  • 開山:日蓮聖人
  • 開基:南部実長
  • 本尊:三宝尊

言わずと知れた日蓮宗の総本山、身延山久遠寺。あいにくの曇り空でしたが、お参りし来てました。霊山ともいうべき、この身延山、山全体がもはや日蓮宗という感じでみなぎっています。境内地がかなり広いので、総門は車で通過します笑 ここから車でさらに登って、三門付近に車をとめて、いざ登山!という感じです。「みのぶガール」というサイトに身延山の全域地図がのっていたので、こちらを拝借。本当に山全体の各所に御堂があり、見どころ満載です。

引用:身延山めぐり地図|みのぶガール
総門
三門

いきなりの難所到来

三門をくぐると待ち構えていたかのような、急勾配の階段が司会に入ってきます。その名も「菩提梯」。試練が待ち受けていました、、、さすがに初めてお参りにきて、これを登らないわけにはいかないでしょう。高低差104m、287段 を登りきらなければ本堂にはたどり着くことができません。(※もちろん車でいけるルートや坂道のルートもあり、これがすべてではありませんので、ご安心を。)

菩提梯

高尾山に登られたことがある方はご存知かもしれませんが、身延山にも男坂と女坂という2つのルートがあります。ですが、高尾山のように優しい道のりではなく、男坂はかなり気合が必要です笑 下からとった写真ですが、登りきった先が見えません笑 そして、1段1段も非常に高く、かなり足腰が応えます。なんとか登りきったときには、もう足はパンパンで汗だくでした。一度は経験で登ろうと思いましたが、二度目は・・・というぐらいの試練です。身延山にお参りをするときは、きちんと登山をする気持ちで準備をしたほうがよさそうです。

圧巻の御堂の大行列

菩提梯を登りきれば、横一列にずらーっっと御堂が立ち並びます。その1つ1つの規模ももうとんでもないです。とにかくでかい!端から端まですべて廊下でつながっているようです。山の中腹にこんなものを建ててしまうのですから、人間ってすごいですね笑 そして、これらの建物は残念ながら割と新しい建造物だそうです。

  • 明治 8 年(1875)1 月 10 日、西谷本種坊から出た火は全山に 猛火をふるい、本堂、祖師堂など本院諸堂 75 棟を塵灰となし、 なお支院、町家にもその類を及ぼして都合 144 棟の堂宇を焼失さ せ、身延山火災中最大なものとなっている。
  • 引用:近現代における身延山久遠寺に関する研究

この数字を見るだけでもものすごい大火であったことがわかります。その後、昭和6年(1931)には仏殿納牌堂が、同60年(1985)には大本堂が、平成21年(2009)には五重塔が再建されました。いやはや、とんでもない一大事業です。そんな中、ふと大本堂の裏手へ進んでみると、全体地図には表示されていないような御堂が別ルートにあるようで、物好きな私はそちらのルートをチョイス。

本堂裏手からの眺め

その地図には2つの御堂とどうやら神社もあるよう。足を進めていくとこれまた急勾配の坂。身延山、侮れません。まず最初にお目にかかったのは「本地堂」説明等はありませんでしたが、立派なお堂です。隣には英国人の立派お墓がありました。なぜここにあるのか気になりつつも、足をすすめると神社が。このルートは人っ子一人いません笑

上の山八幡神社と鬼子母神堂

この社には、浪木井実長公、日蓮上人、歴代法主の崇拝された木造寄木造坐像の天照大神、鋳造の八幡大菩薩を奉祀してある。はじめ梅平に、それより片隅沢、御真骨堂辺に移され、寛文年間今の社地に移建されたものである。 

と書かれており、なんとも静寂な中に清々しい空気がながれ、神聖な空間でした。さっと見渡し、鬼子母神堂を目指します。この鬼子母神堂は、少し離れた位置にあったことから、明治の大火を免れ、身延山最古の材料を使った堂宇といわれているそうです。

上の山八幡神社
鬼子母神堂

この他にも本堂裏手へ進むとロープウェイがあり、奥院思親閣までいくことができます。今回は紹介なしとさせていただきますが、思親閣からは富士山を眺めることもできるのだとか。そして、身延山だけでなく、隣には修験道の聖地であり七面山敬慎院があります。こちらもいつか登ってお参りしてみたいと思っています。ですが、登山道入り口まで覗きに行ってみるとなかなかの獣道。七面山に勤めているお坊さんは片道2時間?かけて出勤するそうです。これはもはや日本一過酷な通勤経路ではないでしょうか。一度七面山に登れば、1週間は降りてこないのだそう。まだまだ知らない世界がたくさんありますね。

身延山久遠寺

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