1. HOME
  2. ブログ
  3. 【お坊さんの寺めぐり】天心山神勝寺

【お坊さんの寺めぐり】天心山神勝寺

  • 宗派:臨済宗建仁寺派
  • 創建:昭和40年(1965年)12月2日
  • 勧請開山:益州宗進禅師|臨済宗建仁寺派第7代管長(※管長という言葉は近代になってからの呼称のため、歴代住持(住職)とは異なります)
  • 開基:神原秀夫|前常石造船株式会社社長
  • 本尊:弥勒菩薩
  • 寺号由来:開基の父 神原勝太郎に因る
  •  総門をくぐった瞬間(いや、総門から)「す、すげーーー!っ!!」ってなるお寺です(笑) 創建からまだ50年あまり。昭和の時代になってから、これだけの規模の寺院を建立される方がいらっしゃるとは衝撃でした。
  •  開基の方はまさに現代の戦国武将とも呼べると思います。神勝寺には文化財級の建築物が数多くあり、それらは古刹等から譲り受け、移築をしたそうです。各寺院では、文化財を保護していくことが困難になるケースも多く、予算の関係上、創建当時の様相に修復できず、茅葺きの屋根が瓦屋根に変わってしまうケースも多々あります。そのような中、この神勝寺では移築の際に、創建当時の様相に復元し、この地へ再度建立しています。大変有り難いことですね。日本各地には歴史的価値は非常に高いにもかかわらず、それを保護・管理する人がいなくなってしまったり、修復・保存するための資金が集まらないがために荒廃していってしまう建築物が散財しています・・・
  •  あまりに広大な境内のため時間の都合上、すべてを廻ることができませんでした・・・ 御堂の数もかなり多いため、いくつかピックアップしてご紹介したいと思います。

総門/移築

総欅造りのもので、江戸時代には京都御苑内にあったそうですが、明治時代初期に現在の京都国立博物館の前に移築されました。第二次世界大戦後には、日本赤十字社の所有となっていたとのことですが、敷地および建物の処分・撤去が決定し、旧賀陽宮邸と共に開基が譲り受けたものだそうです。筋塀には5本線がひかれ、格式の最高位であることを表しています。

旧賀陽宮邸門

多宝塔/模擬建築

  • 滋賀県大津市石山寺(東寺真言宗大本山)の国宝 多宝塔を模して建立されました。当塔は大日如来が安置されています。
  • 禅宗で多宝塔を建立するのは珍しいのではないかと思います。大日如来を安置していることも禅宗では稀有であり、石山寺が快慶作の大日如来であることから忠実に模していることが伺えます。石山寺多宝塔は建久5年(1194年)建立で、日本最古の多宝塔であり、当時の姿を現代に伝える貴重なものです。
多宝塔

五観堂

建物の写真ではありませんが、こちらは食事処となっており、神勝寺うどんのみを提供。雲水箸と持鉢でいただき、雲水時代を思い出しました。また五観の偈が記された書類もあり、修行僧さながらの作法でいただきます。

神勝寺うどん
持鉢

含空院/移築

滋賀県臨済宗永源寺派大本山永源寺より移築再建した建物です。含空院は、永源寺開山正燈国師の塔庵として永和3年(1377年)に考槃庵の名で建立されました。応永21年(1414年) 将軍足利義持公が永源寺来山の折、名を含空院と改められました。当時の建物は永禄6年(1563年)の兵火で焼失し、正保4年(1647年)に再興されて以来、歴代住持の住居及び修行僧の研鑽の場でありましたが、この地に移築されました。

含空院

大徹堂/移築

大徹堂は江戸時代後期に建てられた鎌倉・建長寺専門道場を移築したものです。一般非公開ですが、特別に拝観させていただきました。瓦葺であった屋根を移築の際に、創建当初の茅葺きに戻し、この地に移築をしたそうです。堂内も拝観させていただき、往時の情景が頭に浮かびました。

大徹堂(禅堂)/旧建長寺専門道場

開山堂/模擬建築

  • 鎌倉時代の名作といわれる国宝 高野山金剛峯寺不動堂を模したものです。京都の陶工村田陶苑作の開山像を安置しています。堂内は拝見できず。屋根の袖の切り出し方が特徴的です。この形式なんと呼ぶのだろう・・・
  • 扁額は、元円覚寺派管長松尾太年老大師の筆とのことです。
開山堂

洸庭

石のランドスケープの上に、伝統的なこけら葺きの技法を応用し、建物全体を木材で柔らかく包んだ舟型の建物が、まるで浮かんでいるように建っています。建物の中では、目の前に一面の水辺が広がり、水、波、そこに射すかすかな光を全神経を研ぎ澄まし、全感覚的に体験します。

 この他にも多数の御堂や見どころのあるお寺ですので、ぜひみなさんも足を運んでみてください。浴室もあり、露天風呂もあり、1日ゆっくりと心を研ぎ澄ますことができる、心あらわれる場所です。

天心山神勝寺

関連記事